キリストにあるアイデンティティに関する21の聖句

  • ローマ6:4、ガラテヤ2:20、コロサイ3:3は、信者がキリストと共に死んだことを述べており、コロサイ3:1は彼らがキリストと共に復活させられたことを、コロサイ3:4はキリストの現れにおける目に見える栄光について述べています。
  • ヨハネ1:12、ローマ8:16-17、ガラテヤ4:7は、神の子であることから相続人になることへの移行を説いており、ローマ8:17はキリストの苦難にあずかることを付け加えています。
  • 1ペテロ2:9は、出エジプト記19:5-6で神がイスラエルに与えた称号、すなわち「宝の民」「祭司の王国」「聖なる国民」を教会に与えています。
  • エフェソ1:4-5は、神の選びが世界の創造の前になされたことを示しており、改革派とアルミニウス主義の伝統ではその選びをそれぞれ異なって解釈しています。
  • これらの記述のいくつかは、善い行い(エフェソ2:10)、憐れみと赦し(コロサイ3:12-13)、神の誉れを宣べ伝えること(1ペテロ2:9)といった使命を伴っています。

聖書において、信者のアイデンティティはキリストと結びつき、彼に起こったことを分かち合うことから生じます。信者は彼と共に死に、葬られ(ローマ6:4)、彼と共に復活させられ(コロサイ3:1)、新しい創造物となり(2コリント5:17)、神の子であり相続人であり(ローマ8:16-17)、選ばれた民(1ペテロ2:9)なのです。

パウロはその手紙全体を通して、この結びつきを表すために「キリストにある」「彼にある」という表現を用いており、エフェソ1:3-14ではそのほとんどの節で繰り返されています。これらの記述のいくつかは、直接的な指示が続いています。コロサイ3章は「あなたがたは死んだ」から「身にまといなさい」へ、エフェソ2章は「神の作品」から善い行いへ、1ペテロ2章は「選ばれた民」から神の誉れを宣べ伝えることへと続いています。

キリストの死と復活にあずかる

ローマ人への手紙 6:4

「私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが父の栄光によって死者の中からよみがえらされたように、私たちも、いのちの新しい歩みをするためです。」

考察: パウロは、恵みが増すように罪にとどまるべきかという1節の問いに答えています。彼の答えは、キリスト・イエスに結ばれるバプテスマを受けた者は皆、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのであり(3節)、11節で「自分も罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにおいて生きている者だと考えなさい」という結論を導き出しています。カトリック、正教会、ルーテル派の教えでは、この箇所をバプテスマが何を行うかを説明するものと解釈し、バプテスト派や他の多くのプロテスタントの伝統では、ここでのバプテスマを信仰によってすでに受けた結びつきの外的なしるしと解釈しています。

ガラテヤ人への手紙 2:20

「私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。今、私が肉において生きているのは、私を愛し、私のためにご自身を捨てられた神の御子に対する信仰によるのです。」

考察: パウロは、異邦人と食事をすることを避けたペテロにアンティオキアで反対したこと(ガラテヤ2:11-14)を振り返っており、その議論はこの節まで続いています。争点は、人がどのように義とされるかであり、「律法の行いによるのではなく、キリスト・イエスへの信仰による」ものです(16節)。パウロは自身の人生をキリストと共に十字架につけられ、今は神の御子への信仰によって生きていると述べており、21節では、もし律法によって義が得られるなら「キリストは無駄に死んだことになる!」と付け加えています。

コロサイ人への手紙 3:3

「あなたがたは死んだのであって、あなたがたの命は、キリストと共に神のうちに隠されているからです。」

考察: この章は「あなたがたはキリストと共に復活させられたのですから」という言葉で始まり、コロサイの信徒たちに上にあるものに心を留めるよう説いています。彼らの命は隠されていると表現され、次の節でそれがいつ明らかになるかが語られます。「あなたがたの命であるキリストが現れるとき、あなたがたもキリストと共に栄光に包まれて現れるでしょう」。そこからパウロは、彼らが何を死なせ、何を身に着けるべきかについて論じています(5-14節)。

エペソ人への手紙 2:6

「神は、キリスト・イエスにおいて、私たちをともによみがえらせ、ともに天の所に座らせてくださいました。」

考察: 1-3節では、読者がかつて「過ちと罪のために死んでいた」者であり、「生まれながらにして怒りを受けるべき」者であったと述べられています。5節では神が「わたしたちをキリストと共に生かしてくださった」とあり、この節は信者をキリストと共に天の領域へと引き上げます。そこはエフェソ1:20ですでにキリスト自身が座しておられる場所です。この節はすでに成し遂げられたこととして語り、7節はその目的を「神の恵みの比類なき豊かさ」を来るべき世に示すことであると述べています。

コリント人への手紙第一 6:17

「しかし、主に結びつく者は、主と一つの霊となるのです。」

考察: コリントの信徒の中には「わたしにはすべてのことが許されている」と言う者がいました(12節)。パウロは体という観点からこれに答えます。体は「主のため」のものであり、信者の体は「キリストの体の一部」である(15節)というのです。娼婦と交わる者は彼女と一つの体になりますが、主と結びつく者は霊において主と一つになります。この段落は「あなたがたは自分自身のものではありません。あなたがたは代価を払って買い取られたのです。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい」という言葉で締めくくられています(19-20節)。

新しい創造と新しい自分

コリントの信徒への手紙二 5章17節

「ですから、だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去りました。見よ、すべてが新しくなりました。」

考察: パウロはキリストの死から話を始めます。「一人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのである」(14節)。それは、生きている者が「もはや自分自身のために生きるのではなく」(15節)ためです。16節と17節はどちらもその死から結論を導き出しています。パウロはもはや「世俗的な見方」で人を見ることはなく、キリストにある者は新しい創造物であると説きます。この段落は和解へと続き、パウロとその協力者を「キリストの使者」(20節)と呼び、「わたしたちはキリストにおいて神の義となることができたのです」(21節)という言葉で終わります。

エフェソの信徒への手紙 4章22-24節

「あなたがたは、以前の生き方について言えば、惑わす欲望によって滅びに向かう古い人を脱ぎ捨て、心の霊において新しくされ、真の義と聖をもって神にかたどって造られた新しい人を着るように教えられました。」

考察: パウロはこれらの節を、「異邦人」の生き方、すなわち「理解力が暗くなっている」(17-18節)生き方と対比させています。古い自分を脱ぎ捨て、心において新しくされ、新しい自分を身に着けることは、エフェソの信徒たちが「キリストについて聞いた」(21節)ときに教えられたことです。次の節では直ちにそれが適用されます。「だから、偽りを捨て、隣人に対して真実を語りなさい」。コロサイ3:9-10でも、古い自分を脱ぎ捨て新しい自分を身に着けるという同じ比喩が使われています。

エペソ人への手紙 2:10

「私たちは神の作品であって、良い行いをするようにキリスト・イエスにあって造られたからです。神は、私たちが良い行いをして歩むように、あらかじめ備えてくださいました。」

考察: この節は「行いによるのではない。それは、だれも誇ることがないためです」(9節)という言葉に続いています。善い行いは救いの後に来るものであり、信者がキリスト・イエスにおいて創造された目的であり、神が前もって備えられたものです。この箇所は両方の側面を保っています。救いは信仰を通して受け取る贈り物であり(8節)、その後に続く人生には神が計画された行いがあるのです。

神の子であり、相続人である

ヨハネによる福音書 1:12

「しかし、言を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えられた。」

考察: ヨハネによる福音書の序文は、これを拒絶と対比させています。イエスは「自分の民のところへ来られたが、民は受け入れなかった」(11節)。受け入れた者には神の子となる特権が与えられ、13節ではこれがどのような誕生であるかが語られています。「血筋によるのではなく、肉の欲によるのでもなく、人の欲によるのでもなく、神によって生まれたのである」。

ローマ人への手紙 8:16-17

「霊自身が、わたしたちの霊と一緒になって、わたしたちが神の子供であることを証ししてくださいます。もし子供であれば、相続人でもあります。神の相続人であり、キリストと共同の相続人です。キリストの栄光にあずかるためには、キリストの苦難にもあずかる必要があるからです。」

考察: 15節は、人々を恐れの中に生きる奴隷にする霊と、「子とする霊」をもたらす聖霊を対比させています。この聖霊によって、信者は「アッバ、父よ」と叫びます。聖霊は信者自身の霊と共に、彼らが神の子供であることを証しします。パウロは子供から相続人、そしてキリストとの共同相続人へと論理を展開します。相続には条件が伴っており、それはキリストの苦難にあずかることです。これが、現在の苦難と来るべき栄光について語る18節へとつながります。

ガラテヤ人への手紙 4:7

「ですから、あなたはもはや奴隷ではなく、神の子です。子であれば、神による相続人でもあります。」

考察: パウロは未成年の相続人を、父が定めた時まで後見人の下にある奴隷に例えています(1-2節)。「時が満ちたとき」、神は律法の下にある者を贖うために御子を遣わし、「わたしたちが子としての身分を受けるため」に、「アッバ、父よ」と呼ぶ霊を遣わされました(4-6節)。ガラテヤの信徒たちは律法の下に入るよう圧力をかけられていましたが(21節)、この節は彼らがすでに神の子供であり相続人であることを告げています。

ヨハネの手紙一 3章1節

「私たちが神の子と呼ばれるために、父がどんなにすばらしい愛を与えてくださったか、考えなさい。私たちは神の子なのです。世が私たちを知らないのは、父を知らなかったからです。」

考察: ヨハネはその名に驚嘆し、その事実を強調します。「実際、そのとおりです!」世が信者を知らないのは、世が神を知らないことと結びついています。2節では、まだ知られていないことが付け加えられます。「わたしたちがどうなるかは、まだ明らかにされていません。しかし、キリストが現れるとき、わたしたちはキリストに似た者となることを知っています。」

エペソ人への手紙 1:4-5

「すなわち、神は天地創造の前に、キリストにおいて私たちを選び、御前で聖なる者、汚れのない者となるようにされました。愛によって、御心のままに、イエス・キリストを通して私たちを神の子にしようと、あらかじめ定めておられたのです。」

考察: これらの節は賛美の箇所(3-14節)の冒頭近くにあり、「キリストにおいて」という言葉が繰り返され、神の選びと養子縁組が世界の創造以前にあったことを示しています。改革派神学では、この選びを神が救いのために特定の人々を選んだことと解釈します。アルミニウス派やウェスレー派の読者は、神が信じると予知した人々、あるいはキリストにおいて選ばれた体としての教会への選びと捉えます。いずれにせよ、この箇所はその目的を「神の御前で聖く、非のうちどころのない者となること」、そして「神の栄光ある恵みをほめたたえること」(6節)と述べています。

選ばれた民、買い取られ、聖別された者

ペテロの手紙第一 2:9

「しかし、あなたがたは選ばれた民、王の祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを暗闇の中から呼び出して、ご自身の驚くべき光の中に入れてくださった方の栄誉を、あなたがたが宣べ伝えるためです。」

考察: ペトロは読者に対し、神がシナイ山でイスラエルに与えた称号を伝えています。「あなたがたはわたしの宝の民……祭司の王国、聖なる国民」(出エジプト記19:5-6)。この称号には、「暗闇の中からあなたがたを招き入れて、驚くべき光の中に置かれた方の栄光を宣べ伝える」という使命が伴います。10節では身分の変化が付け加えられます。「あなたがたは、かつては神の民ではなかったが、今は神の民である。」

コロサイの信徒への手紙 3章12節

「ですから、神に選ばれた者、聖なる者、愛されている者として、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、忍耐を身に着けなさい。」

考察: コロサイの信徒たちは、何を身に着けるべきかを言われる前に、選ばれた者、聖なる者、愛されている者という三つの名を与えられています。この教えは、古い自分を「脱ぎ捨て」、新しい自分を「身に着けた」と述べる9-10節から続いており、11節では古い境界線が取り払われます。「そこには、ギリシア人もユダヤ人も、割礼を受けた者も受けていない者も、未開人もスクティア人も、奴隷も自由な身分の者もありません」。リストは許し(13節)と、それらすべてを結びつける愛(14節)へと続きます。

コロサイ人への手紙 1:13-14

「神は、私たちを暗闇の支配から救い出して、愛する御子の支配の中に移してくださいました。この御子のうちにあって、私たちは贖い、すなわち罪の赦しを得ているのです。」

考察: これらの節は12節の感謝の理由を述べており、父なる神は「光の王国において、聖なる者たちの相続分にあずかる資格をあなたがたに与えてくださった」とあります。この変化は、ある領域から別の領域へ、すなわち暗闇の支配から御子の王国へと移されたこととして表現されています。エフェソ1:7でも同じ言葉が使われています。「わたしたちはキリストにおいて、その血によって贖われ、罪を赦されたのです。」

ペテロの手紙第一 1:18-19

「あなたがたが知っているとおり、あなたがたが先祖から受け継いだ空しい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの尊い血によるのです。」

考察: ペテロは読者に対し、「恐れかしこんで過ごしなさい」(17節)と勧めています。彼らが贖い出されたのは「先祖から受け継いだ空しい生き方」であり、その代価は傷のない小羊であるキリストの血でした。20節には、キリストは「世界の基が据えられる前から選ばれていましたが、この終わりの時に、あなたがたのために現れたのです」とあります。

Matthew 5:13-14

「あなたがたは地の塩です。しかし、塩に塩気がなくなったら、何によって塩味が付けられるのでしょうか。もう何の役にも立たず、外に投げ捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。あなたがたは世の光です。山の上にある町は隠れることができません。」

考察: イエスは山の上で弟子たちに教えておられます(マタイ5:1-2)。これは、ご自分のために迫害される人々についての祝福の言葉の直後のことです。それぞれの言葉は、弟子たちが何者であるかを述べた上で、たとえを加えています。塩気がなくなった塩は投げ捨てられ、山の上にある町は隠れることができません。15節では燭台の上に置かれる明かりが加えられ、16節ではその目的が示されています。「あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです。」

神によって守られている

ヨハネの福音書 10:28-29

「わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去ることはありません。彼らをわたしにくださった父はすべてにまさって偉大です。だれもわたしの父の手から彼らを奪い去ることはできません。」

考察: イエスは冬のエルサレムでの宮清めの祭りの際、ご自分がメシアであるかどうかをはっきり言うよう迫る人々に語りかけます(22-24節)。イエスは、彼らが信じないのは彼らが自分の羊ではないからだと言い、羊である者たちについてこう説明します。彼らはイエスの声を聞き、イエスに従うのです(27節)。この約束は、御父の手とイエスご自身の手に委ねられています。改革派の読者はこれを、真の信者は最後まで忍耐するという約束として受け取りますが、ウェスレアンやその他のアルミニウス主義の読者は、これは聞き従い続ける羊に適用されるものだと考えています。

ローマ人への手紙 8:37

「しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」

考察: パウロは、苦難、苦しみ、迫害、飢え、裸、危険、剣(35節)を挙げた後、「私たちは屠られる羊と見なされています」という詩篇44:22を引用しました。「これらすべてのこと」とは、それらに直面している最中を意味し、勝利は「私たちを愛してくださった方」のおかげであるとされています。この章は、その理由で締めくくられています。被造物の中の何ものも、「私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません」。

约翰一书 5:4

「神から生まれた者は皆、世に打ち勝つからです。世に打ち勝つ勝利、それは私たちの信仰です。」

考察: 1節には、神から生まれた者が誰であるかが記されています。「イエスがキリストであると信じる者はだれでも、神から生まれたのです。」ヨハネは勝利を信仰と呼び、5節では打ち勝つ者を「イエスが神の御子であると信じる」人であると説明しています。同じ箇所で、神から生まれることは、神の子らを愛し、神の戒めを守ることと結びついており、その戒めは「重荷とはなりません」(3節)。

これらの聖句が適用される時と対象

いくつかの箇所では、アイデンティティはすでに確定しているものの、まだ目には見えないと述べられています。コロサイ3:4では、キリストが現れるとき、信者も「栄光のうちに」キリストと共に現れるとあり、ヨハネの手紙第一3:2では「私たちがどのようになるかは、まだ明らかにされていません」とあり、ローマ8:17ではキリストの栄光にあずかることはキリストの苦難にあずかることと結びつけられています。

多くの称号は集団的なものでもあります。選ばれた民、王である祭司、聖なる国民(ペテロの手紙第一2:9)、神に選ばれた者(コロサイ3:12)、「一つの体の部分」(エペソ4:25)などです。個人について語られているものもあります。キリストにある「だれでも」は新しい創造物であり(コリント人への手紙第二5:17)、ガラテヤ2:20でパウロは神の御子について、「私を愛し、私のためにご自身を捨てられた」と述べています。




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