聖書における祝福とは神からの贈り物であり、最初の偉大な祝福は、他の人々が彼を通して祝福されるようにと、一人の人間に与えられました。
神はアブラハムに「地上のすべての民族は、あなたによって祝福される」(創世記12:3)と言われました。パウロは、その約束がキリストを通して異邦人にまで及んだと述べています(ガラテヤ3:14)。以下の20の節では、約束されたこと、他者に受け継がれる祝福、状況に依存しない祝福、求めることと答えられること、そして家庭における祝福について取り上げます。
実際に約束されたこと

ガラテヤ人への手紙 3:14
「それは、アブラハムに与えられた祝福が、キリスト・イエスによって異邦人に及ぶためであり、また、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためであった。」
考察: パウロは、アブラハムに与えられた祝福が何であったかを名指ししています。それは信仰によって受け取る、約束された御霊です。神はアブラハムに、地上のすべての民が彼を通して祝福されると言われました(創世記12:3)。パウロは、その約束が異邦人にまで及んだと述べています。

エペソ人への手紙 1:3
「わたしたちの主イエス・キリストの父である神がほめたたえられますように。神はキリストにおいて、天のあらゆる霊的な祝福でわたしたちを祝福してくださいました。」
考察: 「祝福してくださった」は過去形です。パウロは手紙の冒頭で、信者がキリストにあってすでに持っているものを列挙しています。彼らは選ばれ、養子とされ、贖われ、赦されているのです(1:4-7)。

エフェソ人への手紙 2:8-9
「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神の賜物です。行いによるのではありません。だれも誇ることがないためです。」
考察: 救いは、行いによって得られるものではなく、信仰を通して受け取る贈り物として説明されており、「だれも誇ることがないため」とされています。

ヨハネによる福音書3章16節
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」
考察: 動詞は「与えた」です。イエスはこれを、夜に自分のもとを訪れたパリサイ人であり最高議会の議員であるニコデモに語っています(3:1-2)。
受け継がれるものとしての祝福

コリント人への手紙第二 9章7節
「それぞれ、不承不承ではなく、強制されてでもなく、ただ心で決めたとおりにしなさい。神は喜んで与える人を愛してくださるからです。」
考察: パウロはエルサレムの聖徒たちのための献金を組織しており(9:1)、各人に強制されることなく、何を捧げるかをあらかじめ決めるよう求めています。

使徒言行録 20章35節
「私はすべてにおいて、このように労苦して弱い者を助けなければならないこと、そして『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた主イエスの言葉を思い起こすべきであることを、身をもって示してきました。」
考察: パウロはエペソ教会の長老たちに別れを告げています(20:17)。彼が引用するイエスの言葉は四つの福音書には記されておらず、記憶され、伝えられてきたものです。

コリント人への手紙第二 1:3-4
「私たちの主イエス・キリストの神、すなわち、あわれみ深い父、すべての慰めの神がほめたたえられますように。神は、どのような苦しみのときにも私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。」
考察: パウロは慰めに目的を与えています。神が信者を慰めるのは「私たちがどんな苦しみの中にいても、慰めることができるように」するためです。彼はアジア州で「生きる望みさえなくなる」ほどの重圧の中にいました(1:8)。

ヨハネの手紙第一 4:7-8
「愛する者たち、互いに愛し合いましょう。愛は神から出るものだからです。愛する者は皆、神から生まれ、神を知っています。愛さない者は神を知りません。神は愛だからです。」
考察: ヨハネのテストは実践的です。他者への愛は、その人が神から生まれたことを示し、愛の欠如は、その人が神を知らないことを示しています。
状況に左右されない祝福

ヨハネによる福音書 14章27節
「わたしは平安をあなたがたに残して行く。わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。あなたがたは心を騒がせるな。また恐れるな。」
考察: イエスは逮捕される夜、最後の晩餐でこう言われました。彼が与える平和は世が与えるものとは異なり、状況に左右されることはありません。

ローマ人への手紙 15:13
「どうか、希望に満ちた神が、信仰によって、あなたがたをすべての喜びと平和で満たし、聖霊の力によって、希望にあふれさせてくださいますように。」
考察: パウロは読者に対して、状況が楽になることを約束するのではなく、彼らのために祈っています。彼が求める希望は「聖霊の力によって」あふれ出るものです。

ピリピ人への手紙 4:19
「わたしの神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富に応じて、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。」
考察: パウロはピリピ人から贈り物を受け取った後、獄中からこれを書いています(4:18)。この約束は彼らの必要に関するものです。

詩篇 91:1-2
「いと高き方の隠れ場に住む人は、全能者の陰宿る。私は主に言う。『わが避け所、わが砦、わが神、私は主に信頼する』と。」
考察: この詩篇は、緊急時にのみ訪れる場所ではなく、住まいとしての神の隠れ家に住むことについて語っています。

テサロニケ人への手紙第二 3:3
「しかし、主は真実な方です。主はあなたを強め、悪しき者から守ってくださいます。」
考察: パウロはテサロニケ人に対し、自分が「筋の通らない悪人たち」から救い出されるように祈ってほしいと頼んだ直後です(3:2)。彼は危険を認めつつ、その中にある主の真実を名指ししています。
求めること、そして答えられること

ヤコブの手紙 1:5
「あなたたちの中に知恵が欠けている人がいれば、惜しむことなく、とがめることなく、すべての人に与える神に願いなさい。そうすれば与えられる。」
考察: ヤコブは求めるすべての人に知恵を約束し、神は「とがめずに」それを与えてくださると述べています。

詩編 32編8節
「わたしはあなたを教え、行くべき道を教え諭そう。あなたに目を留めて、助言を与えよう。」
考察: この導きの約束は、詩篇記者の告白と赦しに続いています(32:5)。

ヤコブの手紙 5:16
「だから、互いに罪を告白し合い、病気が治るように祈りなさい。正しい人の祈りは、大きな力があり、効果をもたらします。」
考察: ヤコブは互いの告白を祈りと癒しに結びつけています。続く節では、祈りが有効であった義人の例としてエリヤが挙げられています(5:17-18)。

マラキ書 3章10節
「十分の一の全額を宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。――万軍の主は言われる。――わたしがあなたがたのために天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。」
考察: 倉とは神殿の一室で、レビ人を支えるため、また三年ごとに外国人、孤児、未亡人を支えるために十分の一が保管されていた場所です(申命記14:28-29)。マラキの時代の聴衆は、十分の一を納めずにいたのです(3:8-9)。
家庭全体に及ぶ祝福

箴言 22:6
「若者をその行くべき道に従って教育せよ。年老いても、それから離れることがない。」
考察: ことわざは、保証を与えるというよりも、通常起こることを説明するものです。成人した子供が信仰から離れてしまった親は、この聖句を自分たちへの宣告として読むべきではありません。

エペソ人への手紙 5章25節
「夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも妻を愛しなさい。」
考察: 夫の愛の模範は、教会のために「ご自身をささげられた」キリストです。

詩篇 100:4-5
「感謝しつつ、主の門に、賛美しつつ、その大庭に入れ。主に感謝し、御名をほめたたえよ。主はいつくしみ深く、その恵みはとこしえまで。その真実は代々に至る。」
考察: この詩篇は、神の真実が「代々にわたる」ことを述べて締めくくられており、この詩を歌う人々だけでなく、その後に続く人々にも目を向けています。
祝福をどう扱うか
これらの聖句は、祝福とは受け継がれていくものだと説明しています。アブラハムに与えられた祝福は地上のすべての民のためのものであり、神は信者が他の人々を慰めることができるように慰めを与えられます。また、イエスは受けるよりも与える方が幸いであると言われました。
それらに基づく簡単なテストがあります。祝福を一つ挙げ、それが他に誰のためのものかを答えてください。感謝の言葉については、 賛美と礼拝の祈り.

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