
私たちに対する神の親切:

エペソ人への手紙 2:7
「それは、キリスト・イエスにおいて私たちに示された慈愛によって、神の恵みの無限の豊かさを、来るべき世々に示すためでした。」
考察: 神の究極の親切は、イエス・キリストを通して私たちに示された恵みによって証明されています。この親切は計り知れず、永遠のものです。

テトスへの手紙 3:4-5
「しかし、私たちの救い主である神の慈愛と人への愛が現れたとき、神は私たちを救ってくださいました。私たちがした義のわざによってではなく、ご自分のあわれみによってです。」
考察: 神の親切と善良さは、私たちの救いの基盤です。私たちを救うのは自分自身の行いではなく、神の憐れみと親切です。

ローマ人への手紙 2:4
「それとも、神の親切があなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな親切と寛容と忍耐を軽んじているのですか。」
考察: 神の親切は、私たちを悔い改めに導くためのものです。それを当たり前と思わず、罪から離れて神に向かうよう促されるべきです。

御霊の結ぶ実としての親切:

ガラテヤ人への手紙 5章22-23節
「これに対して、霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です。これらを禁じる律法はありません。」
考察: 親切は聖霊の結ぶ実の一つとして挙げられています。私たちが御霊によって歩むとき、親切は私たちの生活の中に現れるはずです。

コロサイの信徒への手紙 3章12節
「ですから、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、慈愛の心、親切、謙遜、柔和、忍耐を身に着けなさい。」これらの徳を受け入れるとき、それらが単なる行動ではなく、あなたに与えられた愛と恵みの反映であることを忘れないでください。人生の試練はあなたの決意を試すかもしれませんが、 内なる強さのための聖句 は、忍耐するために必要な励ましを与えてくれます。慈愛と親切を土台とすることで、あなたは一致と支えの精神を育み、自分自身と周囲の人々を励ますことができます。
考察: 神に選ばれた民として、私たちは他の徳とともに親切を身に着けるよう召されています。親切は私たちの生活を特徴づけるものであるべきです。

ペテロの第二の手紙 1章7節
「敬虔に兄弟愛を、兄弟愛に愛を加えなさい。」
考察: 霊的成長の過程において、親切(ここでは「兄弟愛」と訳されています)は、愛という究極の目標への一歩です。親切は私たちの霊的発達に不可欠な側面です。

人間関係における親切:

エフェソ人への手紙 4:32
「互いに親切にし、憐れみの心を持ち、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。」
考察: 私たちは互いに親切にするよう召されています。それには、優しい心を持ち、赦すことが含まれます。私たちの親切は、キリストにおいて受けた赦しを反映するものであるべきです。

コリントの信徒への手紙一 13章4節
「愛は忍耐強く、愛は情け深い。ねたまず、高ぶらず、誇らない。」
考察: 親切は愛の不可欠な側面です。真の愛は忍耐と親切を特徴とし、妬みや自慢、高慢とは無縁です。

箴言 31章26節
「彼女は知恵をもって口を開き、その舌には親切な教えがある。」
考察: 箴言31章に記されている徳高い女性は、知恵と親切をもって語ります。彼女の言葉には親切の教えが刻まれています。
他者への親切:

ルカによる福音書 6章35節
「むしろ、敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も見返りを期待しないで貸しなさい。そうすれば、あなたたちの報いは大きく、あなたたちは、いと高き方の子となる。神は、恩を知らない者や悪人にも情け深いからである。」
考察: イエスは、神が恩を知らない者や悪人にも親切であるように、私たちにも敵に対してさえ親切にするよう求めておられます。親切は、私たちに親切にしてくれる人々の枠を超えて広がるべきです。

箴言 11:17
「親切な人は自分自身に益をもたらすが、残酷な人は自分自身を傷つける。」
考察: 親切にすることは他者だけでなく、自分自身にも益をもたらします。一方で残酷さは、最終的に自分自身を傷つけることになります。

箴言 19章17節
「貧しい人を憐れむ者は主に貸す者。主はその行いに応じて報いてくださる。」
考察: 貧しい人への親切は、主ご自身に貸すことと見なされます。神は私たちの親切な行いに目を留め、報いてくださいます。

言葉における親切:

箴言 15:1
“A soft answer turns away wrath, but a harsh word stirs up anger.”
考察: 親切で穏やかな言葉は怒りや対立を鎮めますが、厳しい言葉は状況を悪化させるだけです。私たちの言葉は親切によって特徴づけられるべきです。

エフェソの信徒への手紙 4:29
「悪い言葉をいっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を高めるのに役立つ言葉を話し、聞く人に恵みを与えなさい。」
考察: 私たちの言葉は、他者を打ち壊したり腐敗させたりするためではなく、他者を築き上げ、恵みを与えるために使われるべきです。言葉における親切は、恵みを与える手段です。

コロサイ人への手紙 4:6
「あなたがたの言葉が、いつも親切で、塩で味付けされたようなものであるようにしなさい。そうすれば、一人ひとりに対してどう答えるべきかがわかります。」
考察: 私たちの言葉は常に、それぞれの状況や相手に対して親切で適切なものであるべきです。親切は私たちの会話に味付けをするべきです。

親切と知恵:

箴言 14章21節
「隣人を蔑む者は罪を犯す者だが、貧しい人を憐れむ者は幸いである。」
考察: 貧しい人や隣人に親切にすることは称賛されますが、彼らを蔑むことは罪と見なされます。親切は知恵と義のしるしです。

箴言 21:21
「義と親切を追い求める者は、命と義と誉れを見いだす。」
考察: 義とともに親切を追い求めることは、命と義と誉れにつながります。親切は良い結果をもたらす賢明な追求です。

ヤコブの手紙 3:17
「しかし、上からの知恵は、何よりもまず純粋であり、次いで平和、寛容、従順であり、憐れみと良い実を豊かに結び、偏見がなく、偽善がありません。」
考察: 神からの真の知恵は、純真さ、平和、憐れみといった他の徳とともに、寛容さ(親切に関連)を特徴とします。親切は天の知恵のしるしです。
親切と福音:

テモテへの第二の手紙 2章24節
「主のしもべは、争ってはいけません。すべての人に対して親切にし、よく教え、よく耐え忍びなさい。」
考察: 主のしもべとして、私たちは悪に直面したときでさえ、すべての人に親切にするよう召されています。私たちがキリストを代表する者として、親切は私たちの交流を特徴づけるべきです。

テサロニケの信徒への手紙一 2:7
「むしろ、私たちはあなたがたの間で、自分の子供を育てる母親のように、優しく振る舞いました。」
考察: パウロはテサロニケでの自分の宣教を、子供を育てる母親のように優しく、慈しむものだったと述べています。親切と優しさは、福音を分かち合う上で重要な側面です。

使徒の働き 28章2節
「島の人々は私たちに並々ならぬ親切を尽くしてくれました。雨が降り出し、寒かったので、彼らは火をたいて、私たち全員を歓迎してくれたのです。」
考察: マルタの人々がパウロとその一行に示した親切は称賛されています。彼らの実践的な親切は、福音のメッセージに対する受容性を示していました。

親切と赦し:

創世記 50章21節
「『ですから恐れることはありません。私があなたがたと、あなたがたの子供たちを養いましょう。』こうして彼は彼らを慰め、親切に語りかけた。」
考察: ヨセフは、兄弟たちが自分を裏切った後でさえ、彼らに親切にしました。彼の親切な言葉と行動は、赦しと和解への願いを証明するものでした。

ルツ記 2章20節
「ナオミは嫁に言った。『主が彼を祝福してくださるように。主は生きている者にも死んでいる者にも、親切を尽くすことをやめなかったのだから。』ナオミはまた彼女に言った。『その人は私たちの親族で、私たちの買い戻しをする者の一人です。』」
考察: ボアズがルツに示した親切は、神ご自身の親切の反映と見なされています。彼の親切は期待を超えたものであり、慈愛と寛大さの心を示していました。

詩篇 141篇5節
「正しい人が私を打つなら、それは親切であり、彼が私を戒めるなら、それは私の頭への油である。私の頭はそれを拒まないように。しかし私の祈りは、彼らの悪行に対して絶えずささげられる。」
考察: 詩篇の作者は、正しい人からの戒めでさえ親切であり得ることを認識しています。親切には、矯正と成長のために厳しい真実を語ることが含まれる場合があります。
証しとしての親切:

マタイによる福音書 5章16節
“In the same way, let your light shine before others, so that they may see your good works and give glory to your Father who is in heaven.”
考察: 私たちの親切な行いや善い行いは、他者に対する力強い証しとなり、彼らに神を崇めさせることにつながります。親切とは、私たちの光を人々の前で輝かせる一つの方法です。

ペテロの第一の手紙 2章12節
“Keep your conduct among the Gentiles honorable, so that when they speak against you as evildoers, they may see your good deeds and glorify God on the day of visitation.”
考察: 非難や迫害に直面したときでさえ、私たちの立派な振る舞いや善い行い(親切な行いを含む)は、他者が神を崇めるきっかけとなり得ます。親切は力強い証しなのです。

ローマ人への手紙 12章20節
「むしろ、『もしあなたの敵が飢えていたら、食べさせなさい。渇いていたら、飲ませなさい。そうすることで、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのだから。』」
考察: 敵に親切を示すことは、悪に打ち勝つ一つの方法です。それは彼らの心に確信を与え、変化をもたらす可能性を秘めています。親切は、他者を悔い改めに導く手段となり得るのです。
