聖書における「心を一つにして」の意味:KJVで13回登場する「一つの心」



  • 「心を一つにして」とは、共に、そして同じ心を持つことを意味します。人々が合意し、あるいは一つとなって行動することです。
  • 欽定訳聖書(KJV)ではこのフレーズが13回使われています。ヨシュア記9章2節、使徒言行録の11箇所、そしてフィリピの信徒への手紙2章2節です。外典を含む版ではさらに5回追加され、計18回となります。
  • 使徒言行録におけるギリシャ語は Homothymadon(ホモテュマドン), であり、「共に」と Thymos(テュモス), 「情熱」から成り立っています。フィリピの信徒への手紙2章2節では異なる言葉 シンプシュコイ, が使われており、これは「共に」と「魂」を意味する言葉から来ています。
  • 「心を一つにして」という言葉は、共有される精神がどのようなものかによってその価値が決まります。評議会は「心を一つにして」ステパノに殺到し(使徒7:57)、群衆も同じようにパウロに対して立ち上がりました。
  • 初期の教会にとって「心を一つにする」とは、エルサレム公会議(使徒15:25)のように、激しい論争の後であっても、共に祈り、礼拝し、決定を下すことを意味していました。
  • 多くの新しい聖書翻訳で使徒言行録2章1節が「皆一緒に」と読まれるのは、批判的ギリシャ語校訂版において ホモウ が使われているためです。欽定訳聖書では Homothymadon(ホモテュマドン).
  • 他の聖書では、この言葉を「d’un commun accord」(ルイ・セゴン訳)、「unánimes」(レイナ・ヴァレラ1960年版)、「unânimes」(アルメイダ改訂最新版)、「einmütig」(ルター訳)と訳しています。

“One accord” means together and of one mind: people agreeing, or acting, as one. The King James Version uses the phrase 13 times, 11 of them in the Book of Acts, plus Joshua 9:2 and Philippians 2:2. It names agreement, not goodness. The same words describe the first Christians at prayer and the council that stoned Stephen. That is the surprise in this little phrase. In one chapter of Acts the believers lift their voices “with one accord” to God,…

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